いなぽんの豪州旅行記(1997年4月末〜5月初旬)


1997年のゴールデンウイークは、生まれて初めて豪州大陸に行って参りました。以下は、その旅行記です。

1)ケアンズ

ケアンズに着いたのは夕刻だった。到着して、まず驚いたのは、この町のあまりの小ささである。小さいとは聞いていたが、ここまで小さいとは、思いもよらなかった。日本での知名度からすると、もっと大きな町であっても良いはずなのだが・・・。

ケアンズに来た目的は、何といっても、あの著名なグレートバリアリーフでダイビングすることである。とりあえず、丸2日の余裕があったので、1日目に山に行き、2日目に海にダイビングに行くことにした。

山の町では、キュランダが有名だが、観光地化されすぎていると、不評を聞いていたので、北方のケープトリビュレーションという岬に至る熱帯雨林を4WDで走破するツアーに参加した。しかし、期待した野生のワニはほとんど見られなかったし、変化のない熱帯雨林の森ばかりを見る結果となり、旅の初日としては、いま一つだった。

2日目は、いよいよダイビングだ。初体験なので大変緊張する。自分の語学力には自信があったのだが、念のために日本人のインストラクターに指導してもらうことにした。ケアンズには、マリンスポーツの指導員をはじめ、観光産業に従事している日本人が大勢いるので、日本人を手配するのは極めて容易なのだ。ケアンズで日本人の相手をしている会社の多くは、日本人を雇っているようだった。特に、ケアンズには、ライオンズマンションで有名な日本の「大京」がかなり大掛かりに進出していて、ホテル、レストラン、マリンスポーツ会社、ゴルフ場等を経営しており、その進出ぶりに大変驚かされた。

さて、グレートバリアリーフのダイビングは、もちろん大変素晴らしかったのだが、ケアンズの港から珊瑚礁地帯までの快速艇の揺れること、揺れること。乗務員以外、客はみんな船酔いで死んでました。(吐いている人もいた。)

2)エアーズロック

さて、有名なエアーズロック。国立公園の中にあるためか、この近辺は、エアーズロックの他には、マウントオルガと呼ばれる岩群以外は何もない。ただ、地上には緑が結構あり、完全な砂漠というわけでもなさそうだ。

とりあえず、エアーズロックリゾートというエアーズロック唯一のホテル施設に向かう。このリゾートの中の一般のホテルの値段はとてつもなく高かったので、ユースホステルの相部屋のベッドを確保することにした。

さて、観光するといっても、岩以外には見るものがない。リゾート内を歩いていても、次から次へと襲って来る蝿のため、目も開けていられない状態だ。とりあえず、頭から被る網を買ったが、いつまでもこの格好でいるわけにもいかない。

とりあえず、初日は、マウントオルガに行き、それからエアーズロック付近で日の入りを見て、翌日は、早朝起きて、エアーズロック付近で日の出を見て、それから岩に登った。しかし、その斜面の急なこと、急なこと。一応、斜面には鎖の手すりが付いているのだが、急な勾配になっている上、とてつもなく強い突風が吹き荒れているので、とても安全とは言えない。年間に数人が落ちて死んでいるという話も、まんざら嘘ではあるまい。とにかく、大変な思いをしたが、何とか無事に登山、下山を終えることができた。

下山後は、岩の周囲を見て周って、豪州の原住民であるアボリジニの文化センターとやらに行った。アボリジニを見るのは生まれてはじめてだ。彼らの展示を見ると、どうも、エアーズロックは彼らの信仰では崇拝の対象であり、登るなんて言語道断!ということらしい。このセンターの中では、「どうか我々のエアーズロックに登らないで!」とのアピールをやたらにしていたが、岩に登れなくなったら、誰がこんな大陸の真ん中に観光に来るのだろうか?彼らの心情は理解できるが、観光収入に頼っている彼らの生活を考えると、単純には同情できない。

3)ブリスベン

ブリスベンに到着したのは夜遅くだ。田舎ばかりにいたので、大都市の風景が、何となく新鮮に感じられる。一応、夜の街を徘徊してみた。みんな夜遅くは街をぶらつかないのか、あまり人がいない。人が集まっていたのは、カジノだけだったが、客がどういうわけか、中国系ばかりだ。彼らは移民なのか、それとも観光客なのか?解けない疑問で悶々としながら床に就いた。

ブリスベンの街自体は、大して見るところもないので、翌日は、豪州最大のコアラ保護区であるローンパインコアラサンクチュアリに行った。午前の開園直後に行ったので、ほとんど一番乗りだ。やっと、今回の訪豪の最大の目的である「コアラを抱く」を実現できる!

さて、コアラ園に到着して驚いたのだが、何と、ほとんど全てのコアラが眠っているではないか!!どうしたことだ!実は、コアラという動物は、夜行性であるばかりでなく、睡眠時間が16〜20時間という、とてつもなく怠け者の動物だったのである。我々が唖然としていると、ぞろぞろと日本人の団体客らしい一団がやって来るのが見えた。どうやら、我々と同じように、コアラを抱きに来たらしい。係員を見ていると、何と、木にしがみついて寝ているコアラ一匹を強引に起こしているのだ!そして、可哀相な彼は、観光客がコアラを抱くために設けられた一角に連れて行かれてしまった!一瞬、可哀相に感じてしまったのだが、これしきのことで訪豪最大の目的をあきらめるわけにはいかない。日本人の団体が去った後、我々はコアラを抱いたのである。

4)ゴールドコースト

ブリスベンからゴールドコーストは近い。バスで1時間ほどだ。バスで眠っている間に、あっという間にゴールドコーストの中心部、サーファーズパラダイスに着いた。宿としては、バックパッカーズの老舗であるサーフ&サンを選んだ。

早速、町中を徘徊すると、ケアンズ以上に、日系の土産物屋の日本人店員の客引きがしつこい。一体、何なんだ、お前らは!大橋巨泉の「OKギフトショップ」が、街の中心部に大きな広告を出している。まさか、こんな所で大橋巨泉のでかい顔を見ることになろうとは思いもよらなかったので、大変な衝撃を受けてしまった!ここは一体、どこの国なんだ!

翌日は、気を取り直して、パラセイリングに挑戦することにする。パラシュートで空を飛ぶアレだ。やはり、インストラクターの多くは日本人だ。(客もほとんど日本人なのだから、当然か・・・。)パラセイリングは、2年前のバリ島以来、2度目だが、やはり面白い!日本でも気軽にできればなあ・・・。その後、水上バイク等を楽しんで、ゴールドコーストのテーマパークの一つ、シーワールドに向かった。遊園地としての施設は、くだらないものばかりだったが、水上スキーショウは、なるほど素晴らしかった。結局、時間の関係もあって、当初予定していたバンジージャンプはできなかった。

その夜、夜の動物探検ツアーに参加した。当初は参加するつもりはなかったのだが、オーストラリアの動物は、コアラに限らず、昼は寝てしまってるんだから仕方がない。ガイドは日本語の堪能なオーストラリア人女性だったが、彼女に限らず、オーストラリア人には、日本語に堪能な人が多い。

5)シドニー

ついに、豪州最大の都市、シドニーに到着した。思ったほど大きな街ではなかったが、全人口が1700万人しかいない豪州のこと、これも仕方なかろう。予約しておいた格安宿である「プライベートホテル」と同名のホテルが、街の中にもう1件存在していたりして、多少トラブった。

早速、「南半球最長のタワー」であるシドニータワーに登ることにする。このシドニータワーの入り口付近に、日本語の看板を出した土産物屋があり、そこの日本人の女性店員が、まるでココ山岡の客引きのようにうるさいが、無視してタワーの入り口に入る。タワーの上に登ってみたが、大した高さではない。その後、金融街や官庁街をうろついて、港に向かう。夜のクルーズ船に乗るためだ。シドニーの夜景は、なかなか素晴らしかった。ライトアップされたオペラハウスとハーバーブリッジは確かに美しい。

クルーズの後は、「南半球最大の歓楽街」と名高いキングズクロスに向かった。さぞや歌舞伎町のような所なのだろうと、期待して行ったのだが、何のことはない、そこには、風俗店が混ざった商店街があるだけだった。はっきり言って、私の家の近くの蒲田駅前の方が、よっぽど怪しい。私はがっかりしてしまった。ここでわかったのは、豪州人が良く使う「南半球最大(最長)の・・・」という謳い文句は真に受けてはいけないということだ。だって、南半球の先進国なんて、この国以外には、ニュージーランドと南アフリカしかないでしょう?

このようにして、たった1日でシドニーに飽きてしまった我々は、翌日、郊外のブルーマウンテンという場所に出かけた。このブルーマウンテン、森の中のユーカリの葉から出る油が日光に反射して、山全体が青く見えることから、そう呼ばれるそうである。

6)キャンベラ

キャンベラには、特に何の関心も持っていなかったのだが、シドニー発メルボルン行きの長距離バス(コーチ)が、キャンベラにも立寄り可能だったので、一応寄ることにした。シドニーを早朝出ると、キャンベラに昼到着。そして、その日の深夜にキャンベラを出ると、メルボルンに翌朝着くというわけだ。

さて、キャンベラは豪州の首都ということだが、到着して、愕然としてしまった。ほとんど何もないのである。はっきり言って、これを都市と呼んでいいのだろうか?特に、この日は日曜日だったので、街に人気はなく、まるでゴーストタウンのようだった。

とりあえず、気を取り直して、国会議事堂に向かう。国会議事堂の建物は、新しいだけあって、なかなか美しい。アメリカのワシントンと同様、中の見学も自由にできた。日本でも議事堂を一般公開してもらいたいものだ。その後は、日本大使館などの大使館街、戦争記念館などを見学した。

さて、問題はこれからだった。深夜まですることがない。街の中には何もないからだ。仕方がないので、中華料理店に入り、そこで時間を潰すことにした。問題だったのは、この店が、台湾人の団体旅行客の御用達の店だったことだ。我々の横に、入れ替わり、立ち替わり、台湾人の団体が次から次へと来るのである。どうやらバスで乗り付けて、この店で食事を取った後、この店の前にある土産物屋で買い物をして、そのままホテルに寝に帰るというシステムらしい。なんとなく異様な感じがしたが、おそらく日本人団体客の海外での行動も、同じようなものなのだろう。

7)メルボルン

さて、コーチがメルボルンに到着したのは、まだ日の出ていない時間だった。早速、予約を取ってある格安宿に足を向ける。ここまでの旅程で、ホテルにかけたお金は、合計しても1人2万円くらいではないだろうか?だって、平均して、1人1泊2千円なのだから・・・。

まだ眠かったのだが、ペンキンパレードツアーの迎えが来る午後1時まで、街を徘徊することにした。どうも、この街にも、観光史跡はほとんど見当たらない。(まあ、新大陸なんだから、当たり前か・・・。)

とりあえず、「南半球最長のオフィスビル」とかいうリアルトタワーに上り、その後、公園に公開されているキャプテンクックの小屋に向かう。キャプテンクックとは、西欧人で初めて豪州を発見した人物である。なんでもこの家は、クックの生誕地である英国のヨークシャーから強引に持ってきたものらしい。うーん。歴史のない国は、ここまでしてモニュメントを作りたがるのか!この辺の感覚は、日本人には到底理解できない。

その後、ペンギンパレードを見るために、観光バスでフィリップ島に向かった。バスの中では、ほとんど眠っていたように思う。ペンギンパレードを見る砂浜には、まるで競技場の観客席のような見学場が設けられていた。こんな雰囲気の場所に、本当にペンギンが現れるのであろうか・・・?すると、おー、来る来る!海の中から砂浜へと、続々とペンギンが現れて来るではないか!ペンギン達は、この見学場の後ろ側にある彼らの巣へと戻るのだ。うーん。パレードするペンギンは、本当にかわいい。いや、かわいいというか、こういうのを見ると、やはり自然の摂理の不思議さを感じざるをえない。というわけで、ペンギンを見つめながら、私の頭は哲学的な方向に進んで行ってしまったのである。

こうして、私の豪州旅行は幕を閉じた。

以上


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