いなぽんのカナダ旅行記<ウィスラー編>(1998年2月上旬〜中旬)


1998年の2月に、カナダにスキーに行って参りました(正確には、カナダと、アメリカ合衆国の一部)。以下は、その感想です。

1) シアトル

マイレージを貯めるため、ノースウエスト航空を使ったので、シアトルを経由してバンクーバーに入ることとなった。

飛行機でシアトルに到着したのは、現地時間で早朝であったが、日本時間では深夜である。眠くて眠くて仕方がなかった。さて、空港からバスで市内に向かっていると、徐々に明るくなってきているのが分かる。まだ早朝のためか、バスに乗っている人たちも、何となく眠たそうだ。

他の米国の都市と同様、シアトルの市内にも、特に見るところはない。スペースニードルと呼ばれる高い塔に上り、ウォーターフロントやレンガ造りの旧市街をぶらついたのだが、バンクーバー行きの飛行機が出る夕方まで、まだ時間がある。そこで、マイクロソフトの本社かボーイング社の工場に行こうと思ったのだが、遠そうだったので止めて、さっさと空港に戻り、待合所で寝た。ふと気が付くと、何と、バンクーバー行きの飛行機の出発5分前になっていたのだ!!間一髪のところで間に合ったわけだが、初日からこんな調子で大丈夫なのだろうか?

2)ウィスラー・リゾート

バンクーバー空港からは、バスでウィスラーに向かった。ウィスラーのホテルに着いたのは、もう9時過ぎだったので、さっさと寝ようとも思ったのだが、テレビで長野オリンピックの中継をやっていたので、ついつい見てしまい、12時くらいまで起きてしまった。

ウィスラー・リゾートには、ウィスラー山とブラッコム山の2つのスキー場(山の斜面がスキー場になっている)があり、とりあえず、初日はウィスラー山の方を、翌日はブラッコム山の方を滑ることにした。

北米最大規模というだけあって、さすがにスケールが大きく、ゴンドラとリフトを乗り継いで、山の頂上近くまで上るのに、40分程度、いや、1時間近くもかかったように思う。スキー場の雪質は、山の上の方は、とても良かったが、下の方は、いまいちだった。というのも、前日に雨が降っていたからだ。しかしながら、日本のスキー場のような、アイスバーンに、コブだらけ、といったようなヒドイ状態ではなかった。

ところで、実は、私はスキーがあまりうまくない。現地でも、「私のような人間が、偉そうにカナダなんかで滑っていていいのだろうか?」と思ったりもしたのだが、結構下手な人たちも多かったので、少し安心した。それにしても、リフトに乗っている時に下を眺めてみると、岩や樹木がむき出しになっているところなどを、見境なく滑りまくっている輩がいる(それも大勢!)。一応、ロープで仕切りをしているのだが、それを完全に無視しているのだ。レスキュー隊が出動しているところを何度も目撃したが、あんな滑り方をしていては無理もあるまい。

ナイター設備がないので、麓からのゴンドラは、午後3時半には、もう終了してしまう。朝寝坊してしまうと、余り長時間滑っていられないのが難点だ。スキーの後は、ウィスラー・ビレッジという、麓の街の散策をした。スキーをしている時には余り気が付かなかったのだが、建国記念日を挟んでいることもあり、日本人が結構多い。特に、免税店のオールダーズの中などは、日本人だらけだ。どうして、国を問わず、免税店の中は、あのように日本人だらけになってしまうのだろうか?

3)バンクーバー

ウィスラー・リゾートで、丸2日、スキー三昧した後、バスでバンクーバーに向かった。日本から予約しておいた安宿に早速向かったのだが、1人1泊1000円程度というだけあって、さすがに、ボロかった。周りの治安も悪そうで、何となく落ち着かない。

とりあえず、北米第3位というチャイナ・タウンに向かった。サンフランシスコやニューヨークのそれと比べると、それほど汚くはない。その後、ガスタウンを経由して、都心に向かった。しかし、ここも新大陸の都市だけあって、やはり大して見るところはない。唯一興味のあったホテル・バンクーバーも、周りのビルが邪魔してしまっていて、いい写真スポットが見つからない。

その後、街歩きをした後、ランドマークホテルの回転展望レストランで夕食を食べることにした。そのレストランにも中国人の客がいたが、街中でも多くの中国人を見掛けた。概して、彼らの見なりは良く、「バンクーバーの中国人の生活水準は、白人のそれと余り変わらないのではないか」という印象を持った。バンクーバーには、日本人も結構住んでいるはずなのだが、中国人の方が圧倒的に多いので、よくわからなかった。しかしながら、大橋巨泉の店も出ているし、それなりの日本人がいるのだろう。カナダで暮らしてみるのもどうかな、と旅の終わりにふと考えてしまったのであった。

以上


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