| 2005年2月は、ロサンゼルスに遊びに来た妹とともに、メキシコのカンクンを訪れました。以下は、その旅行記です。 1)カンクン滞在(1日目) 出発日は、ロサンゼルスは生憎の雨。もしかしたら飛行機が飛んでいないかもしれないと心配になりながら、ロサンゼルス国際空港(LAX)に向かいました。幸いなことに、悪天候であるのにも関わらず、飛行機は時間通りに動いているようでした。 ロサンゼルスからは、どういうわけか”アラスカ航空”しかカンクンに直行便を飛ばしていないため、アラスカ航空に乗ってカンクンに向かいました。機体にエスキモーの大きな顔が描かれているなど、何となく怪しい印象を持っていた航空会社でしたが、空の旅は、それなりに快適でした。(機内食はとんでもなかったですが、米系ですので、それは仕方がありません。) カンクンに到着してからタクシーに乗り、予約してあった”カサマグナ・マリオット”のあるカンクン・ホテルゾーンに向かいました。カンクンは、カリブ海とラグーン(潟)に挟まれた全長約25キロメートルのL字型をした細長い洲で、その洲に沿ってリゾートホテルが林立しているのです。空港からホテルゾーン向かうと、横一列に巨大ホテルが立ち並んでいる様子を見ることができ、なかなか壮観でした。(開発が始まったのは、1970年代だそうです。) カサマグナ・マリオットに到着しました。床は大理石で、天井からはシャンデリアが下がっており、なかなか豪華な造りです。偶然にも、建物の真ん中に位置するオーシャンビューの部屋だったので、窓からは広い中庭とプール、そして水の透き通ったカリブ海を望むことができました。 |
| しばらく部屋で休憩した後、お腹が空いてきたので、ホテル内にある”日本・タイ料理”のレストラン「ミカド」に行きました。雰囲気は日本的ですが、店員は全員メキシカンのようです。最初に日本茶を持ってきてもらったのですが、何かしら、変な味がするので飲むのを止めました。また、天ぷらやカリフォルニア・ロールを頼んだのですが、正直言って美味しくなかったです。(カンクンに来てまで日本食を食べようとしたのが失敗だったようです。)白人客の多くは、鉄板焼きを頼んでいました。”鉄板焼き”といっても、日本人がイメージするものとは異なり、米国式の”鉄板焼き”です。(米国の紅花(ベニハナ)とかで、コックが曲芸しながら作ってくれるアレです。) まだ寝るには早かったので、ホテル前のバス停からカンクン・ホテルゾーンの中心部であるカンクン岬周辺に向かいました。タクシーを捕まえようとも思ったのですが、バスだと約60円のところ、タクシーだと約600円するので結局、バスを選んだのです。ホテルゾーンを走っているバスは、全然お洒落ではなく、庶民的な地域を走っている普通の路線バスが、そのままホテルゾーンに乗り入れているだけです。ですから、エアコンもなく、窓を全開にして思いっきり制限速度オーバーで走っていました。(さらに急に停車するものですから、とても危険です。) |
(写真1:カサマグナ・マリオットの客室からの絶景) |
(写真2:ホテルゾーンの中心部・カンクン岬付近) |
カンクン岬周辺にやってきたので、バスを降りました。辺りを見回すと、ハードロックカフェやら、レインフォレストカフェやら、TGIフライデーやら、どういうわけか、米国で良く見掛けるチェーン店ばかりが集まっています。カンクンに来る外国人観光客の7割以上が米国人であると言われますが、なるほど、この繁華街は、まさに米国人好みです。 少しプラプラしてみました。当たり前なのですが、周りは土産物屋ばかりです。妹と二人で歩いていたものですから、呼び込みのメキシカンが、「シンコンリョコー?シンコンリョコー?」と日本語で話しかけてきて、結構ウザかったです。また、それ以外にも、「アメ横よりも安いよ!」と怪しげな日本語で話しかけてくる店員もいました。 疲れてきたので、バスに乗ってホテルに戻ることにしましたが、突然乗り込んできたメキシカンの親父が、ギターを片手に「ヤーンヤー、ヤンヤー」と下手な歌を歌い始め、その子供がチップを集めてバス内を回るなどしたため、ホテルに到着するまでの間、結構ウザかったです。 |
2)カンクン滞在(2日目) この日は、ホテルでゆっくり過ごすことにしました。午前中は、ほとんど客室で寝ていた感じでしょうか?午後になり、だいぶお腹が空いてきたので、ホテルの向かい側にあるイタリアンレストラン「ラ・ドルチェ・ビータ」に行きました。前日に「ミカド」でヒドい目に遭っていたので、何となくホテル内のレストランは避けたかったのです。ラグーン側を眺めながら食事が取れるようになっていました。カリブ海側は結構波があったのですが、ラグーン側はとても静かです。スパゲッティが少しのびているような感じもしましたが、味はまあまあでした。 その後、何かアクティビティをしようと考え、その南側にあるアクア・ワールドという各種アクティビティを主催している会社のオフィスに向かいました。(歩いてすぐでした。)そして、「カンクン・クイーン」という夕方からのディナー・クルーズに申し込んだのです。 |
| 時間になり、ディナー・クルーズ船のところに行きました。船尾の水車の回転で進むタイプの船で、どうやら米国のミシシッピー川で使われていた観光船をそのまま持ってきたようです。 カンクンでは他のクルーズ船も同じらしいですが、参加者は一箇所に集められ、司会者に出身地を聞かれたり、踊らされたり、歌わされたり、夕食の時間になるまで、かなり「いじられ」ます。米国人観光客の多い中、私と妹は珍しい日本人ということで、特に司会者に「いじられ」ました。クルーズ船にはバンドも控えているのですが、私に歌わせたいのか、突然、「スキヤキ・ソング」(「上を向いて歩こう」)の演奏を始めるなど、結構ウザかったです。(結局歌いましたが、恥ずかしながら日本人であるのにも関わらず、歌詞が良く分かりませんでした。)夕食後も、参加者は踊らされたりゲームをやらされたりと、色々と大変でした。 |
(写真3:アクア・ワールドのディナー・クルーズ船) |
3)カンクン滞在(3日目) この日は、カンクン郊外のマヤ遺跡「チチェン・イツァー」の一日観光に申し込んでいたので、それに参加することにしました。日系旅行会社であるメキシコ観光が主催する日本語ツアーです。カンクンに来て以降、全然日本人を見掛けていなかったので、参加者は我々だけかと思ったら、何と、18名もの参加者がいるようで、我々を迎えに来たのは大型の観光バスでした。ほとんどの日本人はフィエスタ・アメリカーナ・グランド・コーラルビーチか、ハイアット・リージェンシーに泊まっていたようで、その2つのホテルから、わんさかとバスに乗り込んできました。特に、フィエスタ・アメリカーナ・グランド・コーラルビーチから乗り込んできたのは、全員、日本人の新婚旅行客(ハネムーナー)のようでした。最近は、日本の旅行代理店でカリブ海への新婚旅行を申し込むと、カンクンのフィエスタ・アメリカーナ・グランド・コーラルビーチを薦められるらしく、そのためでしょうか、米国人観光客の少なくなる雨季のオフシーズンなんかは、ホテルに泊まっているのは、日本人の新婚旅行客ばかりだそうです。 カンクンを出発してからチチェン・イツァーに到着するまでの間は、メキシコ観光の日本人ガイドが、ずっと色々な話をしてくれたため、長い道のりであるのにも関わらず、全然退屈しませんでした。しかしながら、カンクンの位置するユカタン半島は本当に平坦で、チチェン・イツァーに到着するまで、平坦な地形に密林という同じ風景が続くばかりで、車窓を眺めていても全然面白くありませんでした。 |
(写真4:旧チチェンの天文台(カラコル)) |
そして2時間ほどでチチェン・イツァーの入口に到着しました。この日は混んでいるらしく、駐車場には、既にカンクンから来たと思われる沢山の観光バスが停まっていました。 日本人ガイドの後について遺跡の中に入り、まず、旧チチェンと呼ばれる南側のエリアに向かいました。「高僧の墳墓」や「天文台(カラコル)」などの建物を見ることができました。特に、「天文台」は「カラコル(かたつむり)」という別名を持つだけあって、大変ユニークな形をしています。観測用の3つの窓が残っていて、そこから太陽や月や金星の動きを観察していたそうです。古代マヤ人は太陽などの天体は永遠のものとは思っておらず、そのためか、しょっちゅうその動きを気にしていたのだそうです。 |
| その後、北側の新チチェンと呼ばれるエリアに向かいました。遊歩道を抜けると、まず、マヤのピラミッドである「エル・カスティージョ(城)」が目に飛び込んできます。高さは約25メートルと、それほどではないのですが、大変美しい形をしています。すぐにでも上りたかったのですが、まずは一番遠くにある「聖なる泉」に行くということで、エル・カスティージョは素通りし、その泉に向かいました。 この「聖なる泉」は、一見すると何の変哲もない池なのですが、何でも、日照りの時期に、雨が降るようにと、生贄(いけにえ)となった人が貴金属などと一緒に、この池に投げ込まれたのだそうです。(実際に、調査したところ池の底から人骨や貴金属が見つかったらしいです。ヒドい話だ・・・。) |
(写真5:新チチェンのエル・カスティージョ(城)) |
(写真6:エル・カスティージョから見下ろした”戦士の神殿”) |
その次に、球戯場に向かいました。ここで”神聖な球戯(サッカーみたいなもの)”が行われ、試合の結果、勝利した(!)側のキャプテンが生贄として捧げられたそうです。(神が”強い血”を求めているからなのだそうです。うーん・・・。) その後、自由時間となり、エル・カスティージョに上ってみました。階段は相当急なのですが、上るのは単に疲れるだけで大したことはありません。大変なのは下りるときです。本当に怖いです。なお、階段は四方に91段あり、さらに頂上に1段あるため、合計すると、91×4+1=365となり、1年の日数と同じになっているのだそうです。(すごい!) なお、頂上からの眺めは絶景で、「戦士の神殿」(上壇の像の上に生贄の心臓が捧げられたらしい)をはじめ、チチェン内の建物を見下ろすことができるのはもちろんのこと、平坦なユカタン半島を遠方まで望むことができます。 |
| その後、ようやく昼食となりました。暑い中、遺跡を歩き回ったので、もうクタクタです。食事を取った後は、もう帰るだけですので、帰路はずっとバスの中で寝ていました。他のツアー客も疲れていたようで、ほとんどの人が眠っていたと思います。「世界ウルルン滞在記」のメキシコ編がビデオで流れていたのですが、結局、途中で寝てしまったため、全部は見れませんでした。 カンクン到着後、お腹が減ってきたので、バスでホテルゾーンの中心部に向かいました。『地球の歩き方』で紹介されていた「マリア・ボニータ」というレストランに行ってみたのですが、どういうわけか、日本人のカップルが随分と多かったです。それもそのはず、地図を見てみると、何と隣りが例のフィエスタ・アメリカーナ・グランド・コーラルビーチではありませんか!なお、「マリア・ボニータ」は高級メキシコ料理店だけあって、食事自体は大変美味しく、途中でマリアッチが生演奏に来てくれるなど、なかなかいい雰囲気のお店でした。 |
(写真7:レストラン「マリア・ボニータ」のマリアッチ) |
(写真8:カンクンの海岸線。マリオットは洲の中間あたり) |
4)カンクン滞在(4日目) カンクン滞在も最終日となったので、まず、チェックアウトの時間(正午)まで、プールや海岸に出て過ごすことにしました。プールも海岸も大変な人だかりです。避寒地としてカンクンにやってくる米国人が多いため、最近のカンクン人気とあいまって、冬期は特に混雑しているようです。 チェックアウト後は、お土産を買って回ることにしました。まず、地元の人たちが住んでいるカンクンのセントロ(ダウンタウン)のショッピングセンターに行ってみたのですが、普通の商品が並んでいるだけで、お土産になるようなものは全然ありません。仕方がないので、ホテルゾーンに戻ってお土産を探すことにしました。それにしても、メキシコ土産は、どうでもいいような雑貨ばかりで、選ぶのに困ってしまいます。 |
| 買い物も終わったので、タクシーでカンクンの空港に向かいました。まだ出発まで時間があったので、空港内の土産屋を見て回りました。やはり、どうでもいいような雑貨ばかりなのですが、そんな中、怪しげなお土産を見つけてしまいました。 それは、手作りと思われる木製の「ピンクパンサー」「ピノキオ」「オリーブ」「ドナルドダック」。手書きで”Cancun(カンクン)”ときちんと書いてあるのはいいのですが、どう考えても、権利者から許諾を得て製造・販売しているとは思えません。米国人が大勢来る国際空港でこんなものを売っていいのでしょうか?いずれにせよ、国際空港で、こんなものを売ってしまうところが、いかにもメキシコ的だと思った次第です。 その後、時間通りにロサンゼルスに戻ることができ、私と妹の初めてのメキシコ旅行は無事に幕を閉じたのでした。 (おわり) |
(写真9:カンクン国際空港で見つけた怪しげなお土産) |
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