今年の夏休みは、丁度還暦を迎えた母親と共に、イタリア・ギリシアを訪れました。以下は、その旅行記です。
この国を訪れるのは、7年ぶり2回目。7年前と比べて、近寄ってくるシプシーは全くおらず、安全になった感じでした。
・列車で、フィウミチーノ空港からテルミニ駅に到着。7年前は、駅の構内にジプシーがウロウロしていて、また、駅前に白タクが結構客待ちしていたのに、今回、それらが全くいなくなっていたので、拍子抜けしてしまいました。彼らは、一体、どこに行ってしまったのでしょうか?
・ホテルは、ヴェネト通りの近くに取りました。怪しげなテルミニ駅周辺とは異なり、なかなかお洒落な感じのする地域だったので、安心して泊れました。
・観光の初日、母親が、「トレビの泉に行きたい!」と騒ぐので、仕方なく、朝一番でトレビの泉に行ったところ、丁度掃除をしている時間だったため、泉の中には全く水がありませんでした。
・来年、2000年を記念して、色々な行事が予定されているためか、工事中の建造物が多かったです。サンタ・マリア・マッジョーレ教会、コロッセオ、サンタンジェロ城、サン・ピエトロ寺院など、工事中だらけでした。
・8月なので仕方がないのでしょうが、大変暑かったです。強い日差しの中、コロッセオ、フォロ・ロマーノ周辺を歩きまわっていたら、クタクタになってしまい、結局、パラティーノの丘までは歩きませんでした。
・7年前と同様に、サンタンジェロ橋の上では、大勢の黒人たちが何やら物を売っていました。この橋は、黒人の物売りが、独占使用権でも持っているのでしょうか?(売っているものも、怪しい小物ばかりというのも気になる…)
・ヴァチカン美術館の中を歩いていたら、フジテレビの宮川アナウンサーを見掛けました。女性と一緒だったのですが、奥さんなのか愛人なのか良く分からなかったので、声を掛けるのは止めました。
・ナポリというと、“汚い”“危険”というイメージが強いですが、実際に行ってみると、言われているほど、汚くも危険でもありませんでした。中央駅の近くには、高層ビル群が立っていて驚きました。
・中央駅から地下鉄に乗って市街地に行こうとして、地下ホームに降りたら、何か変。何と、地下鉄のホームが工事中だったため、ローマ行きの新幹線(ユーロスター・イタリア)と地下鉄がホームを共有していたのでした。おいおい、地下鉄に乗ったつもりが、間違えて新幹線だったりしたら、どう責任を取るつもりなんだ!
・地下鉄を降りて地上に出ると、そこは、スパッカ・ナポリと呼ばれる旧市街。はっきり言って、もの凄く汚かったです。突然、タイやベトナムの雑踏に紛れ込んだような感じがしました。
・ウンベルト1世のガッレリアに行くと、ウェディングドレスを着たモデルさんが、写真撮影を行っていました。撮影の合間に、割り込んで写真を撮ったりしたのですが、モデルさんは、わざわざポーズを取ってくれたりして、大変気さくでした。うーん、いい子だねえ。
・ケーブルカーがあったので、ヴォーメロの丘に登ったのですが、丘といっても、そこには雑然とした街が広がっているだけで、のどかな場所ではありませんでした。
・ナポリ中央駅からポンペイまでは、約30分。周知の通り、ポンペイは、西暦79年のヴェスヴィオ火山の大噴火によって埋没してしまった街。遺跡内部は、想像以上に広く、歩き回っていたら、結構クタクタになってしまいました。
・大噴火で街が埋没した際に、多くの人たちが一瞬にして亡くなったわけですが、遺跡内部で、黒焦げになった遺体もいくつか展示されていたのには、衝撃を受けました。
・遺跡を歩いていると、偶然、年配の日本人夫婦と遭遇しました。旦那さんの方は、30年前に一度ポンペイに来たことがあるらしく、その時は、娼婦の館の中で男女が合体したまま死んでいる遺体のことが強く印象に残ったそうで、それを探しているとのことでした。「30年前は確かにあったんだけど、全然見つからないなあ」とぼやいていたので、私は、「子供の教育上良くないとかいう理由で、撤去されたんじゃないんでしょうか」と答えておきました。
・なお、ローマから日帰り観光でナポリ、ポンペイを訪れていたため、夜、ナポリの地下ホームで、ローマに帰るための新幹線を待っていました。すると、30分ほど遅れるとのこと。先程説明したように、新幹線と地下鉄がホームを共有しているので、我々が新幹線を待っている間、どんどん地下鉄が入ってきました。地下鉄が入ってくる度に、駅員がメガホンで、「この列車はローマ行きじゃないから乗っちゃ駄目!」と叫んでいました。こんな面倒なことになるなら、最初からホームを共有して使うなっての!
・7年前、ピサの斜塔を訪れた際には、既に傾きが大きくなっていたため、内部を見学することはできませんでしたが、斜塔そのものには、何も手が加えられていませんでした。しかしながら、私の知らぬ間に、斜塔の倒壊を防ぐための工事が大掛かりに進んでいて、大変驚かされました。斜塔の3、4階部分は、ワイヤーで引っ張って支えており、また、斜塔の1階部分の浮き上がっている側には、沢山のおもりが載せてありました。更に、斜塔の下の地盤を改善する工事も行っていて、斜塔の周りには近づけないようになっていました。うーん…。ここまで無理をしなければ倒壊してしまうものなら、自然にまかせて倒壊させてしまった方が良いのではないでしょうか?
・ピサに行ったことのある人なら、分かると思いますが、ピサには斜塔の他に、ドゥオモ、洗礼堂、納骨堂などがあります。今回、これらも全て見学したのですが、余り面白くありませんでした。(お金は掛かるし!)
・メディチ家礼拝堂周辺のノミの市を散策していると、中央市場を発見。動物や魚がそのまま売られているためか、大変臭かったです。皮を剥がれて裸にされた鶏がそのまま売られていたりして、チョット残酷な感じがしました。イタリアの食文化の裏の一面を覗いてしまった感じです。
・ドゥオモ周辺は、沢山の観光客でごった返していました。ドゥオモでは、内部に入るのにも、建物の上に登るのにも、長い行列ができていて、結構ウンザリさせられました。街が小さく、観光名所が集中しているためか、街中で見掛けるのも観光客ばかりです。
・街中を歩いていると、たまたまグッチの本店を発見しました。私も母親も、ブランドモノには全然興味がなかったのですが、なんせ、暑かったこともあり、休憩も兼ねて、店の内部に入りました。日本人店員が何人かいたことには、チョット驚きましたが、まあ、イタリア語や英語のコミュニケーションに問題のある日本人が多いので、このように、日本人店員を配置しているのでしょう。
・グッチの店内に飾られている商品には、なぜか値札が付いていません。言い値で買えってことなのでしょうか?悩んだ顔をして突っ立っていると、「何をお求めですか?」と、日本人の男性店員が近づいてきたので、私は、近くに置いてあった何の変哲のないサングラスを指差して、「これ、いくらですか?」と尋ねました。「日本円で、約1万5千円ですね」との答え。「1万5千円?これって、何か特殊な材質で作られているんでしょうか?」と尋ねると、「いえ、特にそういうわけではありませんが…」と答えてきたので、「じゃあ、1万5千円の根拠って何なのでしょうか?」と、つい突っ込んでしまいました。店員曰く、「それは、グッチだからですよ。私としては、そのようにしかお答えできません。」
・ヴェネツィアは、7年前と全然変わっていませんでした。本当に、時間がゆっくりと流れているような素敵な場所です。観光地化され過ぎているところが気になりますが、やはり、イタリアの中では一押しの街ですね。徐々に水没しているという話もありますが、実際のところ、どうなんでしょうね?
・夕方、時間があったので、ヴェネツィア本島とサンマルコ運河を挟んだところにある、サン・ジョルジョ・マジョーレ島に行きました。この島にも教会があり、塔の上に登ることができるのです。この島まで来る観光客はほとんどいないため、大変空いており、教会の塔の上に登ると、ヴェネツィア本島全体を見渡すことができます。ここは、穴場です。皆さんも、是非訪れてみて下さい。
・ヴェネツィアには、ゴンドラ漕ぎが大変多く、客待ちしている連中が結構いました。中には、法外な値段を吹っ掛けてくる奴もいるので、注意が必要です。ちなみに、我々は、乗合いのゴンドラに乗りました。ただ、乗合いにすると、1つのゴンドラに5、6人が乗ることになるので、結構窮屈です。多少値が張るかもしれませんが、個別に交渉して、2、3人で乗る方が、のんびりしていいと思います。
・ミラノというと、ファッションの街として有名ですが、実際に行ってみると、単なる大都市であることがわかります。地下鉄なんかは、落書きだらけです。特に、3号線の汚れ方が酷い。7年前は完成したばかりだったこともあり、結構奇麗だったのですが、わずか7年で、落書きだらけになってしまっているのですから…。
・昼食を食べに、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアの中にある店に入ったのですが、値段は高いし、ウェイターの態度も悪かったです。場所が場所だけに、客はどんどん入るのでしょうが、何となく不愉快でした。
・「最後の晩餐」の絵を見に、サンタ・マリア・デッレ・グラッチエ教会に行ったところ、相変わらずの長い行列。もう、その日の観光は終えていたので、のんびり行列に並ぶことにしました。1時間くらい経った頃、我々の前の方に職員のお兄ちゃんがやって来て、「もう少しで閉館時間だけど、ここから後ろの人は入れないから帰って頂戴。」とか言い出したのです。おいおい、1時間も経ってから、そんなこと言うなよ。もっと前に知らせに来いよ!こんなこと突然言われて、即座に納得できる人間がいるはずありません。当然のことながら、大勢の観光客が文句を言い出しました。それでも、彼は、「Go
Home! Come tomorrow!」と言うだけ。(一言も謝らないのには、さすがに驚いた。)このように、結局、「最後の晩餐」を見ることはできませんでした。それにしても、この教会の傲慢な姿勢には、本当に許し難いものがあります。この教会の考え方を正すためには、件の絵に火をつけるしかありませんね。
・月曜日は、ミラノ市内の観光地が、ほとんど閉まっていたため、列車で北に30分ほど掛かるコモに行きました。コモは、コモ湖という湖に面した街で、殺伐としたミラノと比べると、ずっと良い感じのところでした。
この国を訪れるのは、生まれて初めてです。EUの最貧国と言われて久しいですが、想像していたほど、貧しそうには見えませんでした。
・ミラノのマルペンサ空港からアテネ空港に到着。バスで市内に向かったのですが、街の看板を見ると、意外にも、フツーのアルファベット(ABC…)が多いのに、驚きました。ギリシア文字一色だと思っていたのに…。
・翌日は、早速、アクロポリスの丘に登りました。それにしても、イタリア以上に暑い!休んだりしながら、やっとのことで、パルテノン神殿に到着しました。
・その日の夜は、アクロポリスの丘に、「音と光のショー」とかいうのを見に行ったのですが、結構退屈でした。というのも、「音」と言っても、ラジオドラマのような語り(それも英語)が延々と続くだけだし、「光」と言っても、パルテノン神殿とその周辺が、時々光る程度なんですから。正直言って、これは絶対お薦めできません。
・プラガ周辺は、お土産屋が沢山ありました。それも、お土産は手ごろな値段のものばかりです。イタリアみたいにブランドモノはありませんが、いかにもギリシアらしい感じのするお土産が多く、結構、買い物を楽しめるのではないでしょうか?(貴金属類は、ちょっと怪しいけどね…。)
・最終日の夜は、アテネの街を一望できるリカビトスの丘に登りました。街の中心部からカーブルカー乗り場まで結構歩きますが、丘の上から見える夜景は最高です。今度はカワイイ彼女と一緒に来てみたいですねえ…。
・「せっかくギリシアに来たのだから、エーゲ海にも行こう!」ということで、エーゲ海の1日クルーズに参加することにしました。バスがホテルに迎えに来て、他に何人か拾った後で、港に直行。船に乗り込む際に、船員が、「Japanese?」と尋ねてきました。嘘をついても仕方がないので、「Yes」と答えると、赤いカードを渡してきました。「赤のカードの人は、船の上層階に行って下さい」と指示されたので、上層階に行ってみると、何と、そこには日本人しかいませんでした。1日クルーズの参加者の半分が日本人なので、赤と青のカードで日本人と非日本人とを分けているようでした。日本人グループを担当する船員が日本人だったのはもちろんのこと、船内のお土産屋の店員までもが日本人だったので(さすがにこれには驚いた!)、船内は、ほとんど日本国状態でした。
・訪問した島は、ポロス島、イドラ島、エギナ島です。どの島も、それぞれ個性を持った美しい島でした。ただ、港の周辺のお土産屋の連中が、結構しつこかったです。
・1日クルーズに参加した日は、丁度、8月11日だったので、日食を拝むことができました。(欧州の一部地域では皆既日食になったため、連日のようにテレビや新聞で騒ぎ立てていました。)残念ながら、アテネ周辺では、皆既日食にはならなかったのですが、太陽が85%近く欠けたようです。しかしながら、今回驚いたのは、太陽が8割以上欠けていても、その光量の強さから、肉眼では、欠けていることが、ほとんどわからないということです。周囲が薄暗くなり、気温も急激に低下したのですが、特殊なガラスやフィルムを介さないと、太陽が欠けている状態は確認できませんでした。
・帰りの船の中では、ギリシアの民族音楽や民族舞踊などが披露されました。その際に、ギリシアとは何の関係もない「だんご3兄弟」が、突然演奏され始めた時には、さすがに腰が抜けました。客層の半分を占める日本人へのサービスなのでしょうけど…。
以上です。
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