4連休の始まる前夜、飛行機の深夜便(0時15分発で到着は翌朝)でパナマ・シティに行くべく、車でロサンゼルス国際空港(LAX)に向かいました。4連休の前夜ということもあり、フリーウェイは意外に混んでいました。今回利用した航空会社はパナマのコパ航空。専用のゲートを持っておらずサービスもイマイチでしたが、どうせ飛行機では寝ているだけなので、今回はあまり関係ありません。直行で6時間のフライトでしたが、機内で眠っていると、あっという間にパナマに到着しました。 入国審査の列に並んで初めて気が付いたのですが、日本人がパナマに入国するには、ビザ若しくはツーリストカードが必要なのです。私はどちらも準備していなかったので一瞬焦りましたが、入国審査場で5ドルで販売していたので、その場で購入。特に何の問題もなかったです。 |
| 現地通貨はバルボアという名称ですが、1米ドル=1バルボアで、実質的に米ドル札がそのまま流通しているため、両替の必要はまったくありませんでした。硬貨だけは独自のものが流通しているのですが、大きさも色も米国の硬貨と全く同じで、絵柄だけが異なっていました。(例えば、25セント硬貨には、米国のものはワシントンの肖像画が描かれているのですが、パナマのものはバルボアの肖像画でした。ちなみにバルボアは、太平洋及びパナマ地峡の発見者。) | (写真1:25セント硬貨。左が米国のもので右がパナマのもの) |
(写真2:パナマ・シティ新市街の高層ビル群) |
入国審査後は、タクシーで前日に予約を入れていた新市街のホテルに向かいました。新市街には高層ビルが林立していました。さすが中米の貿易や流通や金融の中心となっているだけのことはあります。少し周辺を歩いてみたのですが、雨季の終わりということもあり、空には雲が多く、カリフォルニアと比べると随分と湿気が多い感じがしました。 |
今回は何をして過ごすか具体的なことは事前に何も決めていなかったので、その場で予定を立てることにしました。いくつかの旅行代理店を訪れた後、結局、先住民クナ族の暮らすサン・ブラス諸島に行って1泊した後、パナマ・シティに戻って運河観光と市内観光をすることにしました。パナマ第二の都市であるコロンは「中南米で最も危険な街」と呼ばれ、街全体がスラム化していて大変危険という話でしたので、結局行くのは止めました。(パナマ運河建設に携わった大量の労働者が、運河完成後にそのまま失業者となってしまったため、歴史的に高失業率で治安の悪い街なのだそうです。) 翌日早朝、国内線の空港から小さなプロペラ機で、サン・ブラス諸島に向かいました。サン・ブラス諸島は、350以上の小島からなっており、パナマ・シティからパナマ地峡を越えた大西洋側のコロンビア国境寄りにあります。このサン・ブラス諸島と、それに面するパナマ本土の沿岸部はクナ・ヤラ特別区となっており、クナ族が自治権を持っているのです。 クナ・ヤラ特別区は東西のかなり広い範囲に広がっているのですが、観光客が多く訪れるのは西側の地域です。しかしながら、近年観光客が殺到する影響で、こちらは相当観光地化しているらしく、観光客がカメラを持って民族衣装(モラ)を着たクナ族に近づくや否や、「フォト!ワンダラー!(写真!1ドル!)」といって叫んでくるなど、先住民が相当スレているというではありませんか!(パナマ・シティの旅行代理店や『地球の歩き方』による。)それも嫌でしたし、結局、旅行代理店のお姉さんに乗せられたと言われればそれまでなのですが、あまり観光客にはメジャーではない東側の島々を訪れることにしたのです。 |
| パナマ・シティからは多少距離がありましたが、それでも1時間程度のフライトで現地に到着しました。飛行機からは太平洋と大西洋の両方を望むことができ、パナマが狭い地峡であることを改めて実感しました。サン・ブラス諸島の島々のいくつかには空港が設置されており、その最も東側の島にある空港に到着しました。空港といっても、単に滑走路と小屋があるだけで、随分と簡素なものです。空港のある島まではホテルのオーナー(クナ族)がボートで迎えに来てくれました。 |
(写真3:モラを来たクナ族の女性) |
(写真4:お土産として販売されていたモラの布) |
今回宿泊したホテルは、オーナーの親族で経営しているらしく、小さな島が、そのままホテルとなっており、バンガローが数棟建っているだけで、全部で9部屋しかありませんでした。電気、ガス、水道などのインフラも通っておらず、水は雨水を利用。電気は早朝と日没後に時間限定で自家発電していました。 私以外に8名の観光客が来ていましたが、スペイン、イタリア、フランスといったように、全員がヨーロッパ人でした。地理的に近いのにも関わらず、中南米では米国人を見掛けることはほとんどありません。今回の旅行も例外ではありませんでした。 |
| 午前中、ボートで近くの島々を訪れました。期待通りそれほど観光地化しておらず、昔ながらの素朴なクナ族の生活を垣間見ることができました。子供たちもカメラを向けるとお金を要求してくるようなこともなく、むしろ自ら積極的に写りたがっていたくらいです。子供たちの無邪気な表情が大変印象に残りました。現地の人々や、伝統工芸品である“モラの刺繍”はもちろんのこと、島々の風景も大変素晴らしかったです。我々は移動にボートを使いましたが、現地の人たちはカヌーを一生懸命漕いでいました。 | (写真5:典型的なサン・ブラス諸島の家並み) |
(写真6:カヌーを漕ぐクナ族) |
午後もボートで近くの島に行き、そこで海水浴を楽しみました。とは言っても、途中で小雨が降ったりして寒くなってきたので、早々とホテルに引き上げましたが・・・。(海水浴中に蚊に体の各所を刺されてしまったらしく、パナマ滞在中、手足が痒くて困りました。虫除けは必ず持って行きましょう。) 夕食では美味しいロブスターが出ました。中米の料理は美味しいものばかりで、食文化が崩壊している北米から来た私としては大変有難かったです。 |
| サン・ブラス諸島には1泊だけの予定でしたので、翌日の朝食後、ボートに乗って空港のある島に向かいました。小屋でしばらく待っていると、プロペラ機が飛んできました。あそれに乗り、小島を1つだけ経由してパナマ・シティに戻ったのです。(経由地も必要に応じてその場で適当に決めているようでした。) |
(写真7:サン・ブラス諸島の空港。単なる小屋) |
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