チリ1(サンティアゴ)



チリのランチリ航空を使ってロサンゼルスからペルーのリマ経由で、チリの首都サンティアゴに向かいました。ロサンゼルスからは日本から来たと思われる大勢の日本人ツアー客が結構乗り込んできたのですが、皆ペルーで降りてしまったようで、サンティアゴまで行ったのは私くらいだったように思います。

サンティアゴに到着したのは早朝でした。時差は米国西海岸と比べて4時間程度しかないのですが、機内であまり寝られなかったこともあり、ホテル(日系ホテルの“ホテル日本”)にチェックインした後、さっさと仮眠を取り、午後から外を散策しました。こちらの気候は北半球と逆で、ちょうど初夏にあたるのですが、想像していたよりも涼しく、日本の10月、11月と同じくらいでしょうか?ジャンパーを持ってきていて正解でした。

ホテルから地下鉄に乗って旧市街の中心部にあたるアルマス広場に向かいました。ここには先住民アラウカノ族を撃退してサンティアゴを建設したスペイン人バルディビアの騎馬像や大聖堂(カテドラル)などがあります。

(写真1:旧市街アルマス広場に面する大聖堂)

(写真2:ピノチェト将軍クーデターの舞台となったモネダ宮殿)
次に、そこから少し南西に下ったところにあるモネダ宮殿を訪れました。このモネダ宮殿、もともとは造幣局の建物だったらしいですが(モネダはスペイン語でお金という意味)、19世紀中頃から大統領官邸として使用されるようになり、世界的には1973年のピノチェト将軍によるクーデターの舞台となったことで有名となりました。

旅行ガイドに写真が良く出ているのですが、思った以上に小さくシンプルな建物でした。

翌日が月曜日で博物館や美術館の類がすべて閉まってしまうため、旧市街を散策した後は、ずっと博物館・美術館巡りをしていました。サンティアゴは、アルゼンチンのブエノスアイレスほどではありませんが、随分とヨーロッパ、特に南欧の文化的雰囲気のする街です。人々はおとなしく、典型的なラテン気質ではないようにも思いました。スペイン系を中心とした白人が多いのかと思っていましたが、チリ北部には先住民系、メスチソ(混血)系の人も多く住んでおり、出稼ぎで来ていると思われる褐色の肌をした人たちも結構いました。

翌日は、まず中央市場に向かいました。市場内のレストラン「ドンデ・アウグスト」にて、日本円で1000円程度で“ウニの大盛”が食べられると聞いていたからです。ここはかなり有名なレストランらしく、ペルーのフジモリ前大統領をはじめ有名人が訪問したときの写真が壁に飾られていました。“ウニの大盛”は、品質的にはイマイチでしたが大変な量で、非常に楽しめました。(醤油やワサビが用意されていたのには驚きましたが・・・。)
(写真3:ドンデ・アウグストで出たウニの大盛)

(写真4:サンタ・ルシアの丘にて)
その後は、サンタ・ルシアの丘に向かいました。ここにはスペイン人が先住民アラウカノ族と闘うために築いた要塞があります。インカ帝国を滅ぼしたスペイン人は更に南下し、このサンティアゴの盆地までやってきたわけです。そして先住民を虐殺後、現在のチリが建国されたのです。
それから、ケーブルカーに乗ってサン・クリストバルの丘に上りました。頂上には白いマリア像が聳え立っています。ここからは雪の積もったアンデスの山々を望むことができ、その点では大変景色は素晴らしいのですが、サンティアゴ市街は全体的にスモッグで覆われていました。メキシコ・シティほどではないのですが、ロサンゼルスよりも大気汚染が酷いように思えました。(古い型の車が多いせいでしょう。)

最後に新市街を散策しました。その際に、今回のチリ旅行のアレンジをしてもらった日系旅行会社「アンデス・ニッポン・ツーリスト」のオフィスを訪れたりもしました。(永渕さん、有難うございました。)

(写真5:スモッグで霞むサンティアゴ市内)


→ チリ2(イースター島:前編)

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