アグアス・カリエンテスからクスコに戻ると、再び高度が1000メートル以上も上がったため、多少高山病が復活してきました。具体的にどういう症状か、非常に説明し難いのですが、要するに“何となく気分が悪かった”わけです。(結局、低地に戻るまで慢性的な不快感は続きました。) |
| クスコからは、観光バスでチチカカ湖畔の街、プーノに向かいました。これには観光も含まれていて、途中で教会や遺跡を訪れたり、ラ・ラヤという標高4335メートル地点(クスコ−プーノ間の最高点)を通過したりしました。ラ・ラヤは、私の人生で訪れた最も標高の高い場所なのですが、その周りに6000メートル級の山々が連なっていたので、あまり高度が高いような感じがしませんでした。 |
(写真19:クスコ・プーノ間の最高点ラ・ラヤ。4335メートル) |
(写真20:海のようなチチカカ湖。標高は富士山よりも高い) |
夕方になり、ようやくチチカカ湖が見えてきました。チチカカ湖は、汽船の航行する湖としては世界最高所に位置しています。また、南米最大の湖でもあり、確かにかなり大きい感じがしました。(ちなみに、チチカカ湖の標高は、約3800メートルで富士山よりも高いです。) プーノの街も、中心部はかなりスペインの影響を受けていました。これくらい高所になると、住民は、ほとんどが先住民か、先住民色の強いメスチソ(先住民と白人の混血)なのですが、ホテルのフロント嬢は珍しく白人でした。 |
翌日、バスと船を使ってボリビアの首都ラ・パスまで行くツアーに参加しました。このツアーでは、ブラジルのサンパウロから来たという日本人の団体客とずっと一緒だったため、バスと船の中は半分以上が日本人でした。彼らが日本語ガイドを連れていたため、ずっと日本語の説明を聞くことができたのはラッキーでした。 |
| プーノからバスに乗り込んだ後は、チチカカ湖沿いの道路を通って、ボリビア国境に向かいました。国境にはアーチのようなものがありましたが、それ以外には、特に何もなく、国境の事務所も、ずいぶんと小さな建物でした。ペルー側にいた物売りの子供が、勝手にボリビア側に入ってきたのには驚きましたが、どうやら、ペルーとボリビアは友好国なので、パスポートなしで両国の国民は相互に出入りができるようです。(まあ、本当はIDが必要なようなのですが・・・。) |
(写真21:ペルー・ボリビア国境。アーチの奥がボリビア側) |
(写真22:チチカカ湖周辺で最も大きいカテドラル) |
ボリビアに入った後は、コパカバーナという街を訪れ、チチカカ湖周辺で一番大きいというカテドラルを訪れました。かつて、ここに来たスペイン人が、チチカカ湖畔を“聖地”にする目的で建てたため、この建物は立派なのだそうです。 |
| その後、コパカバーナの桟橋から豪華客船に乗り込み、インカ帝国発祥の地とされる“太陽の島”を訪れました。“太陽の島”には博物館があり、ガイドがインカ帝国の歴史などについて説明してくれました。また、博物館の外には、インカ時代に使われていた“トトラの船”が置いてありました。 |
(写真23:かつてチチカカ湖で使われていたトトラの船。) |
(写真24:乱獲され数の少なくなったビクーニャ) |
また、この島で、初めて“ビクーニャ”を見ました。ビクーニャは、乱獲の影響で数が大変少なくなっているので、最後まで見ることができないのではないかと心配していたのですが、ひょんなところで見掛けることができて良かったです。ビクーニャもラクダの一種ですが、見た感じ、小鹿のバンビのようでした。 |
“太陽の島”を出たあとは、ひたすらチチカカ湖を北上したのですが、船の速度が大変遅かったため、かなり時間が掛かりました。豪華客船ですので、仕方がないのかもしれませんが・・・。途中でボリビア海軍の基地などを通り過ぎました。ボリビアは内陸国ですが、チリとの戦争で敗れるまでは太平洋岸に領土を持っていたようです。そのため海軍があるわけですが、海のなくなった現在、海軍はチチカカ湖と河川を管轄しているようです。(どう考えても不要なような気がするのですが・・・。) そして、船を下りてから再びバスに乗り込み、バスは一路ラ・パスを目指しました。しかしながら、チチカカ湖横断でロスした時間を取り戻せるわけもなく、結局、ラ・パス到着時には、辺りは真っ暗になっていました。思った以上に遅い到着となってしまったわけですが、“すり鉢”の形をしたラ・パスの素晴らしい夜景を上から眺めることができたのは非常に良かったです。 |
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