世界最高所の首都ラ・パスは、前述したように、“すり鉢”状になった都市で、環境(気候や水の便)の悪い高地(“すり鉢”の上の方)に貧しい人が住んでいて、環境の良い低地(“すり鉢”の底の方)に金持ちが住んでいるという、何とも不思議な都市でした。日本や米国の場合、完全に逆ですから、場所が変われば常識も変わるものです。 ホテルは“すり鉢”の中腹にある旧市街に取ったのですが、朝、ホテルの窓からラ・パスの市街地を眺めると、“すり鉢”の上にある貧民窟が、厚い雲に覆われていました。何だか、小松左京の『首都消失』のようでした。 |
| 朝食後は、旧市街を散策することにしました。サン・フランシスコ寺院の周辺は庶民的な雰囲気が漂っていましたが、大統領官邸や国会議事堂があるムリリョ広場周辺は、スペイン風のコロニアルな感じでした。 その後、“すり鉢”の下にある新市街方面に向かいました。“すり鉢”を下っていく途中で「日本人会館」も訪れたのですが、「ふるさと」という日本料理店は開いていたものの、他の施設は閉まっていました。(ちなみに、「ふるさと」では“生姜焼き定食”を食べました。) |
(写真25:旧市街周辺。中央はサン・フランシスコ寺院) |
(写真26:新市街ソポカチ地区の中心・アバロア広場) |
日本人会館を少し下ると、ソポカチ地区になりました。この辺りは近代的なビルが立ち並んでいて、旧市街と全然雰囲気が違います。そして、そこからバスに乗り、“すり鉢”の底に近いサン・ミゲル地区に行きました。この地区はラ・パスで最も裕福なエリアですが、街のカフェなどに入ると、客は白人ばかりでした。やはりこの国もペルーと同様、白人は金持ちのようです。(ちなみに、ボリビアも白人は総人口の12%程度。) |
夜になり、2003年のカウントダウンが近づいてきました。もしかすると、どこかで年越しイベントをやっていたかもしれないのですが、それらしき場所を探し出せなかったため、我々はホテルに戻っていました。 午前0時が近くなると、“すり鉢”の底周辺はもちろん、山沿いの貧民窟周辺からも、花火が沢山上がり始めました。しかしながら、日本のように、午前0時ちょうどに花火が上がったりはしません。時間は本当にいい加減で、午後11時半くらいから午前1時過ぎくらいまで、花火の音が散発的に“すり鉢”全体に響き渡っていました。皆が時計を持っているわけでもなく、街の各所に時計があるわけでもないので、こうアバウトになってしまうのでしょう。 |
| そして元旦の朝を迎えました。年が明け、もういい加減、高山病には慣れていたつもりだったのですが、標高約3600メートルのラ・パスの市街地から、タクシーで一気に、標高約4000メートルのエル・アルト空港まで登ったら、やはり気分が悪くなってしまいました。ちなみに、ラ・パスのエル・アルト空港は、世界最高所にある空港です。“すり鉢”を上がりきったところにありますから、もちろん周囲は貧民窟でした。 |
(写真27:世界最高所4000メートルにあるラ・パス空港) |
(写真28:リマの高級住宅街ミラフローレスの海岸線) |
その後、ラ・パスからの飛行機でリマに到着。海岸線近くまで戻ったことになるので、約4000メートルの高度を一気に下ったことになります。本当は空気が増えて喜ばなければならないのですが、リマの空気は大気汚染で汚れているため、到着早々、あまり空気を吸いたくない気分になってしまいました。 リマ到着後は、ミラフローレスの海岸沿いを散策しました。最初は夜に来たため気が付かなかったのですが、海岸に面したモール、ラルコ・マルから見える景色は、なかなか素晴らしかったです。海に面して高級マンションらしいビルが沢山立ち並んでいました。 |
| そこから海岸線を北上すると、“恋人たちの公園”という海浜公園がありました。公園中央には、恋人同士がディープキスをしている怪しげな銅像が建っていました。どういうわけか、男女のカップルはあまりおらず、むしろ家族連れが多かったです。 |
(写真29:”恋人たちの公園”に設置されている銅像) |
その後は、旧市街に戻り、街の北側にそびえるサン・クリストバルの丘に向かうバスに乗り込みました。丘の斜面は貧民窟のようで、結構怪しげな雰囲気でした。そして、かなり急な上り坂を登りきったところに展望台がありました。この日は空が曇っている上に、街にスモッグが掛かっていたため、残念ながら、あまり遠方まで見通すことはできませんでした。 旅行の最終日は、ミラフローレスの民芸品市場を訪れ、色々とお土産の物色をしていました。沢山お店はあるのですが、売っているのはどれも似たようなものばかりです。ペルー土産の定番ですが、私はアルパカのセーターを買ってしまいました。 |
(写真30:4000メートルの高度差によって潰れていた容器) |
ところで、米国に戻る前に、荷物の整理をしていて気が付いたのですが、ケースの中にあるプラスチックの容器(シャンプー、虫除けなど)が、皆、ペシャンコに潰れていました。4000メートルの高度差から生じる気圧差が、いかに大きいかということを実感しました。身体も同じ圧力を受けているのかと想像したら、急に気持ちが悪くなってしまいました。 こうして、私の生まれて初めての南米旅行は無事に幕を閉じたのでした。 (おわり) |
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