| カナイマからプエルト・オルダスを経由して、カラカス空港に戻ってきました。国内線ターミナルと国際線ターミナルは隣り合っているため、到着後、ニューヨークの売れない俳優と別れを交わし、国際線ターミナルまで歩きました。カラカスからコロンビアの首都ボゴタに向かうアビアンカ航空は時間通りに出発し、約1時間のフライトで定刻どおりにボゴタに到着。ボゴタ空港は首都の国際空港とは思えないほどの簡素な造りで驚きました。タクシーで米国から既にインターネットで予約していたホテルに向かい、もう時間も遅くなっていたので、そのまま床につきました。 |
| そして朝となりました。ボゴタ滞在は、この1日だけでしたので、どのように過ごすか悩みましたが、やはり治安の心配もあったので、結局ホテルでタクシーを呼んでもらい、タクシーを借り切って市内観光をすることにしました。ホテルは高級住宅街であるノルテに位置しているのですが、観光名所のほとんどは旧市街(セントロ)にあるため、タクシーでひたすら南に向かいました。 ボゴタは人口700万人を擁する大都会ですが、標高2600メートルの高地にあり、7月だというのに非常に肌寒かったです。現地の人たちも厚い上着を着ていました。なお、ペルーのマチュピチュが標高2280メートルですから、それよりも320メートルも高い位置にあることになりますが、幸いなことに、滞在中は高山病には罹りませんでした。 |
(写真16:2600メートルの高地らしく、リャマもいた) |
(写真17:黄金博物館の展示の一部) |
タクシーでノルテから旧市街に南下していくと、高級マンションが立ち並ぶ風景が、徐々に貧民屈の風景に変わっていきます。ただ車で街を走っているだけで大きな貧富の差が実感できました。貧民屈の近くには、なぜか展望台があり、観光客を守るためか軍人がガードしていました。 旧市街に到着後、まずは世界的に有名な黄金博物館を訪れることにしました。先住民による黄金の装飾具、細工品、容器などが数多く展示されていて、収蔵品は3万6000点もあるそうです。その後は、コロンビア出身の有名な画家であるフェルナンド・ボテロの作品やコレクションを展示したボテロ寄贈館を見て回りました。 |
| そして、旧市街の中心に位置するボリーバル広場にやって来ました。コロンビアとベネズエラはスペインからの独立当時は同じ国であったため、コロンビアでもシモン・ボリーバルは建国の英雄として讃えられているのです。 広場の中心にはボリーバル像があり、広場の周囲には国会議事堂やカテドラルなどが建ち並んでいました。大変広々としていて、メキシコ・シティの中心部ソカロに雰囲気が似ていないこともありません。しかしながら、車が周囲を走っていないため、随分と静かな感じです。 |
(写真18:ボゴタ中心部のボリーバル広場とカテドラル) |
(写真19:気軽に写真撮影に応じてくれた大統領官邸の衛兵) |
また、少し離れたところには大統領官邸がありました。現在のウリベ政権(ベネズエラのチャベス政権とは異なり親米政権)は、コカインの生産や密売を撲滅すべく、反政府ゲリラと激しく対立しており、そのため大統領が何度も暗殺されかかったらしく、大統領官邸の周りは厳重にガードされていて、写真を撮ることすら許されませんでした。(衛兵の写真を取ることはできましたが・・・。) |
| その後は、シモン・ボリーバルに贈られたというボリーバル邸を見学し、ボゴタ市街を見下ろすモンセラーテの丘にケーブルカーで上りました。丘の頂上には白いカトリック教会が建っていました。それ以外にはレストランとお土産屋以外、特に何もないのですが、ボゴタの眺望を見るためでしょうか、大勢の人たちでごった返していました。確かにボゴタ市街はもちろんのこと、周囲の山々まで見渡すことができ、なかなかの絶景です。 | (写真20:モンセラーテの丘から見たボゴタ市街) |
タクシーの運転手は、英語がそこそこ話せる人で、道中は色々と話が弾みました。コロンビアは麻薬の産地として有名ですが、ほとんどの国民はそれには全然関与していないことを強調していました。まあ、当たり前と言えば当たり前の話ですが、自国のイメージが大変悪いことを思い悩んでいるのでしょう。基本的に、コロンビアの人たちは一般的に明るく、旅行者にも大変優しく親切です。旧市街もタクシー運転手と一緒に回りましたが、それほど危険な雰囲気はなく、旅行前に予想していたイメージと全然違うことに拍子抜けしたくらいです。正直なところ、とても旅行しやすい国だという印象すら持ちました。 |
(写真21:正面に怪しげな招き猫が立つフォト・ハポン) |
旧市街からノルテに戻り、タクシーの運転手と別れた後、ノルテ周辺を散策することにしました。アトランティス・プラザという大型モールもある若者の人気スポットであるソナ・ロサは、先進国の街と何ら変わらない大変オシャレなところでした。 なお、ボゴタの至るところで見掛けた写真屋チェーン店“フォト・ハポン(FOTO JAPON)”は、お店の正面に怪しげな招き猫が突っ立っており、かなり怪しかったです。 |
| そして翌日、ロサンゼルスに戻るべく、空港に向かいました。空港では驚くべきことに、厳重な荷物検査が3回もありました。最初は空港職員による検査、次は軍による検査、そして最後は航空会社による検査です。ご存知のように、コロンビアはコカインをはじめとする世界有数の麻薬の産地であり、空路で直接麻薬を持ち出そうとする人も稀にいるため、厳重な荷物検査を実施しているようでした。 私は軍の検査のところで、すべての荷物を開けられ、お土産としてベネズエラで買ってきたチョコレート(ベネズエラはカカオの産地でもある)を取り出され、板チョコ1枚を麻薬検査のためにバラバラに分解されていました。(カッターで切った後、筆を使って試薬をつけたり臭いを嗅いだりしていた。)空港での麻薬検査にどの程度の意味があるのか、かなり疑問でしたが、何よりも、板チョコ1枚が食べられなくなってしまったことがチョット悲しかったです。 (おわり) |
(写真22:ボゴタのエル・ドラード国際空港) |
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