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12月の主な出来事
・とあるクリスマスパーティーに参加しました。ニューポートビーチのバルボア・パビリオンで開催されることになっていたため、夕方車でバルボアに直行したのですが、この日は他の多くの会社もパーティーを設定している日だったらしく、道路は大混雑。結局、アーバイン市内から45分くらいかかってしまいました。(20分くらいで着くと思っていたのですが・・・。)こんな感じで道路が混んでいたためか、私が到着した時間は、まだほとんど人が来ていませんでした。
・パーティーには司会者やパフォーマーも呼ばれていて、余興は随分とアメリカ的でした。そのため白人系の参加者が多く、アジア人はあまり来ていないのかと思いました。司会者のジョークやパフォーマーのくだらない芸を見ていたら、あっと言う間に終了時刻になってしまいました。会場を後にして、そのままバルボア・フェリーに乗って帰ったのですが、周辺の家々はクリスマスのイルミネーションで彩られていて、とても美しかったです。
・米国に来てからの二度目の南米旅行を実現すべく、その準備を開始しました。まずブラジルに入るにはビザが必要なので、旅行代理店(IACEトラベル)にパスポートを持っていきました。また、南米内の飛行機も全然取っていなかったので、アルゼンチンのブエノス・アイレスにある日系旅行社(ニッポン・ツーリスト)に手配を頼みました。南米内の飛行機は直ぐに取れたのですが、ブラジル・ビザの方はなかなか取れません。パスポートに沢山スタンプが押されているということで怪しまれたのでしょうか、結局LAの領事館では拒絶されてしまったため、NYの領事館で再度取得の試みをすることになったのでした。LAよりもNYの方が取りやすくなっているのか、理由は良く分かりませんが、結局出発直前にブラジル・ビザは無事に発給されました。(よかった、よかった・・・。)
・今回の旅行先はアルゼンチンとブラジル。一人で寂しく行きました。ブエノス・アイレス、イグアスの滝、リオ・デ・ジャネイロ、サン・パウロ、いずれも素晴らしかったです。(いなぽんの南米旅行記U(アルゼンチン・ブラジル編)」参照。)
・大晦日を挟んで、南米から日本に戻ることにしました。サン・パウロ→ダラス→LA→成田というルートで、結局30時間掛かりました。ダラスでは試験的に指紋採取と顔写真撮影を開始していたため、指紋と顔写真を取られてしまいました。LAからはシンガポール航空で成田に入りました。西向きに飛ぶ飛行機のため日は暮れなかったのですが、日付変更線を越えたため、知らぬ間に正月になっていました。というわけで、何とも味気のない新年でした。
11月の主な出来事
・オレンジ・カウンティにあるスパ(風俗店ではない)を回りました。まずセリトスの韓国人街にあるスパに行きました。韓国系のモールの中にあり、ハングルばかりで英語がほとんどなく困りました。入口に男湯と女湯の扉があったのですが、ハングルのみで英語が書かれていなかったので、どちらに入ればよいのか分からなくなってしまいました。しかし中の浴槽やサウナは清潔な感じで使いやすかったです。また、アナハイムにある日本ヘルス・スパにも行きました。ここは日本の銭湯のようなところでした。
・仕事でNYに行きました。現地は大変寒く凍えてしまいそうでした。南カリフォルニアに住んでいると、「どうしてこんな寒いところに人間が住んでいるんだろう?」とまで考えてしまいます。
・今年の感謝祭の4連休は東海岸に行くことにしました。水曜日の夜、LAX空港に向かうと、アメリカ人が全員休む時期であるためか(日本のゴールデンウイークのようなもの)、空港は沢山の人でごった返していました。私のフライトはレッドアイという、西海岸を夜に出て東海岸に翌朝つくという強引な飛行機で、通常はあまり使う人がいないのですが、今回は満員でした。そしてボストンへと向かい、ボストン到着後はレンタカーを借りて、NY、フィラデルフィアを経由してボルチモアまで南下しました。(「いなぽんの米国東海岸旅行記」参照。)帰りはボルチモアの空港でレンタカーを乗り捨てて、そのままLAXに帰ったのですが、到着後のLAX空港も、とてつもなく混んでいてビックリしました。(感謝祭連休の最終日だから仕方がありませんが・・・。)
10月の主な出来事
・日本から家族が来ました。南カリフォルニアに来てから初めての訪問です。オレンジカウンティの色々なところをドライブして回り、その後は、フロリダ・オーランドにあるウォルト・ディズニー・ワールドに行きました。(「いなぽんのウォルト・ディズニー・ワールド写真集」参照。)しかし、どうやら彼らにとっては、フロリダから戻ってきた後に行ったメキシコ・ティファナの方が面白かったようです。私の一族は、文明的なものよりも、怪しげな感じがするものの方が好きなのでしょうか?
・LAから2時間ほど東に走ったところにある、砂漠の中の人工リゾート地、パームスプリングズに行きました。冬の避寒地らしく、もう秋だというのに異様に暑かったです。この周辺には、何でも100以上ものゴルフ場があるとのことです。
・南カリフォルニアで大規模な山火事が発生してしまいました。幸いオレンジ・カウンティ内では起こらなかったのですが、南西方向に吹き付ける”サンタアナ風”の影響で、LA東部サンベルナルディノの山火事の煙が、こちらにも飛んできて、25、26日の週末は、かなり変な天気になってしまいました。昼になっても、晴れているのにも関わらず、天空は黄色と赤を混ぜたような色でどんよりと曇り続け(真っ赤な太陽が肉眼で見えるのは本当に異様)、外に車を停めていると、どんどん灰が積もってくるのです(雪が降っているかのよう)。目もチカチカしてくるし喉と鼻も変になってきたので、車を運転する以外は家の中に篭っていました。(マスクをしている人も多く見かけ、まるでSARS禍が再来したかのよう。)
・食料がなくなってきたので、車でスーパーに出掛けました。もう2週間も前から、大手スーパーマーケットのストが続いているのですが、全然終わりそうにありません。従業員はプラカードを片手に、店舗の外に立ち続けています。当初は買い物客にビラ配りなどをしていたのですが、最近はマンネリ化して疲れてきたのか、店舗前に座り込んで従業員同士で話し込んでいます。一応、経営側が雇った臨時従業員らしき人間がレジにいるので、とりあえず買い物ができる状態にはなっているのですが、どうも頼りない。スーパーの入口には臨時従業員募集のポスターが張ってありましたが、時給が17〜19ドル程度なので、まんざら悪くない条件です。
・このスト、何で揉めているのかというと、賃金の問題もあるのですが、最大の争点は、医療保険の負担問題。日本とは異なり、米国では医療保険は民間の保険屋が商品として販売しており、大抵、大企業の場合、会社が何らかの保険に入ってくれています。しかしながら、最近保険料が値上がりしてきており、大手スーパーの経営側は、医療保険の会社負担の削減を決定したのです。スーパーの従業員は現状の保険プランを維持するよう経営側に求めています。いかにも米国らしい理由ですね。
・サンディエゴでも山火事が発生し、ついに国境を越えてメキシコにまで広がってしまいました。こういう場合、米国はメキシコに補償金なり賠償金なりを支払わなければならないのか、ちょっぴり気になってしまいました。(不可抗力だから問題ないのかも?)
・月末のハロウィンになっても、山火事の件もあり、あまり楽しめる雰囲気ではありません。しかしながら、とあるハロウィン・パーティーに参加してみました。私は仮装しなかったのですが、仮装した連中の人気投票をやったら、どういうわけか女装した男の人たち、それも肌の露出度が高い連中が上位に食い込んでいました。中国では、日本人留学生の裸芸が原因で大規模なデモが起こっていると聞きますが、さすがに、そんなに危ない仮装はなかったです。この夜、漫画喫茶「グラフィティー」に行ったのですが、店員も怪しげなコスチュームを身につけていました。なお、この夜、久しぶりに雨が降ってきました。これにより山火事も鎮火しているとのことで一安心です。
9月の主な出来事
・こちらで初めて葬儀に参列しました。私は、黒の三つ揃えでバッチリ決めてから会場となっていた教会に向かったのですが、米国では黒っぽい服ならば何でもよいらしく、色々な服装をした人が来ていました。日本の葬儀とは異なり、香典や香典返しといった文化はないようです。故人を偲ぶ挨拶のほか、いくつか歌を歌ったりして、式は1時間ほどで終わりました。
・Japanese Language Meetup(日本語ミートアップ)というイベントに参加しました。これはインターネットで参加者を募集しながら毎月開催されるイベントで、日本語の他、様々なテーマが設定されています。とりあえず、怖くなさそうな日本語のイベントに参加したのです。開催場所となっているラグーナ・ヒルズのビアホールに行くと、既に十数名の人が集まっていましたが、半分以上は日本の若者でした。なかなか面白かったので、また参加しようと思いました。
・アーバイン市内の大津歯科医院に行きました。大津先生は日系3世ですが、ほとんど日本語が通じません。(「痛い」「虫歯」「大きく口を開けて」「左向いて」といった言葉だけは話せるのですが・・・。)8ヶ月くらい何のチェックもしていませんでしたが、何と虫歯が3本もあるとのこと。どれも小さなもののようですが、放っておくのも嫌でしたので、3回ほど通院して治すことにしました。
・テレビを見ていると、東海岸に接近している、"イザベル"というハリケーンのことばかりやっています。結局、上陸してしまったわけですが、レインコートを着たレポーターが、一番風雨の激しいところに突っ立って、いかに凄いハリケーンであるかを中継している様子は、日本と全く同じでした。アメリカのマスコミも、本当にレベルが低いと思いました。
・ディズニーランドのあるアナハイム市のエディソン・フィールドに、地元のアナハイム・エンジェルスとシアトル・マリナーズの野球の試合を見に行きました。球場には6時半頃に着きましたので、試合開始前の国歌斉唱も聞くことができました。わざわざ起立しなければならないところが面倒臭かったです。座席は外野のライト側でしたので、イチローを良く見ることができました。イチローは好調のようで、この日は2回もヒットを打っていました。結局、マリナーズの圧勝。しかしながら、既に消化試合となっていたためか、球場の盛り上がりは今ひとつでした。
・プライベートでサンノゼに行きました。日本人女性2人組と夕食の約束をしていたので、サニーベールのダウンタウンにあるペルシア料理店に向かいました。ペルシア料理を食べるのはこれが初めてでしたが、なかなか美味しかったです。その後、人生について色々と語り合っていたら、いつの間にか翌朝になってしまいました。
8月の主な出来事
・トーランスのカイロプラクター、カズオ・ギル先生のところに行きました。この医院では、どうやら、上部頚椎のズレを治す(首のズレを矯正する)だけで、他のことは何もしないようです。初日だったので、まず、レントゲン写真を沢山取られました。全部首の周りなのですが、斜め前とか斜め後ろからの写真も取っていました。私は顎関節症がひどい影響でしょうか、かなりズレていると指摘されました。確かに、首を左に曲げるときは何でもないのですが、右に曲げるときは少し痛かったのです。そこで、その場で早速矯正してもらうことになりました。ベッドに寝かされて、ギル先生が"パン"と頭を軽く叩くと、ベッドの上部がストンと下がり、それで終了。何だかあっと言う間に終わってしまいましたが、その後、首を右に曲げても痛くなくなりました。やはり、上部頚椎がずれていたのでしょうか?
・パスポートの余白がほとんどなくなっていたものですから、パスポートの増補(40ページ分の付け足し)をするために、ロサンゼルス・ダウンタウンにある総領事館まで行きました。ロサンゼルス総領事館は、ダウンタウンの中の高層ビルの中に入っていたので、エレベータで窓口まで行きました。さすがに治安の悪いダウンタウンだからでしょうか、入口にはガードマンがいて、荷物検査をさせられました。そして申請用紙に必要事項を記入したのですが、壁の至るところに、「今年は平成15年です」という紙が沢山貼り付けてあったのが印象的でした。確かに、アメリカに住んでいると、西暦しか使わないので、日本の元号がわからなくなりそうです。記入後の用紙を提出して待っていると、10分程度でパスポートが戻ってきました。想像以上に速くて驚きましたが、まあ、単純に40ページ分をテープで貼り付けただけですから、こんなものなのかもしれません。
・米国に来てから三度目の海外旅行を決行することができました。場所は昨年夏に続いて中米。マヤ先住民の文化と遺跡に触れた感動的な1週間でした。(「いなぽんの中米旅行記U(グアテマラ・ホンジュラス編)」参照)
・職場が新しい場所に変わりました。引越し早々だったためでしょうか、水が切れたり、一部の扉が開かなくなったり、トイレットペーパーがなくなったり、プレートが床に落ちたりと、最初の1、2週間は色々なことがありましたが、それも徐々に落ち着いてきました。
7月の主な出来事
・イエローストーン国立公園、グランドティトン国立公園、ソルト・レイク・シティを訪れました。この訪問により、生まれて初めてアメリカの田舎に行ったことになります。モンタナ州、ワイオミング州、アイダホ州、ユタ州と、それぞれの違いも何となく分かりました。(→「いなぽんのイエローストーン、グランド・ティトン旅行記」参照)
・JINAのLA地区2回目のオフ会があるというので、会場となっていたリトル東京の「Sushi and Tofu(スシ・アンド・トーフ)」のオフィスに向かいました。前回同様、人の集まりはあまり良くありませんでしたが、参加者が、なかなかの精鋭ぞろい(?)だったので、大いに盛り上がりました。昼頃に始まったのですが、色々と話していたら、結局、午後8時くらいになってしまいました。
・日本から来た来客が「アメリカを体感できるものを食べたい」とか馬鹿なことを言ったものですから、アメリカ料理店に連れていかれました。味は悪くなかったのですが、量が非常識に多かったので、皆、半分は残していました。
・日帰りでサンノゼに行きました。その際、新しく出来たという広島風お好み焼の店に行きました。作っているのはヒスパニック系の人だったので少し心配でしたが、焼きそばの入った、きちんとした広島風お好み焼きが出てきたので、感心しました。キャベツがイマイチのような気がしましたが、ちゃんとオタフクソースも付いていましたし、個人的には満足しました。
・ニューポートビーチにある「フル・スペクトラム・ヨガ」というところに通い始めました。初心者コースに行ったところ、どうにもならないデブのアメリカ人ばかり来ていたので驚きました。しかしながら、デブなのにも関わらず、それなりに体が柔軟な人もいたりして、不思議な感じがしました。
6月の主な出来事
・リトル東京のホテルオークラに併設されている「三和スパ」に行ってみたのですが、シャワー室だけで浴槽がなかったので(1つだけあるジャグジーに入るのには追加料金が必要)、個人的には「都スパ」の方が良いと思いました。
・スピード・デイティング(Speed Dating)のイベントに参加しました。これは、独身男女を同数集めて、わずか数分、与えられたトピックについてだけ話をして、テーブル・ローテーションで1人づつ回していくというゲームです。どうやら最近アメリカで流行っている新しいマッチングの遊びのようですね。(面白かったのですが、残念ながら戦果はなし。)
5月の主な出来事
・シカゴに行きました。シカゴは摩天楼発祥の地と呼ばれているだけのことはあり、NYほどではないにしろ、面白いデザインの超高層ビルが沢山立ち並んでいます。でも、NYのように
ゴチャゴチャしている感じではなく、また、汚くもなかったです。(黒人が沢山いるのが気になりましたが。)(→「いなぽんのシカゴ写真集」参照)
・久しぶりに、シリコンバレー、サンフランシスコに行きました。やはり2年近く暮らした場所だけあって、戻ってみると懐かしい感じがしました。でも、まだ景気が相変わらず悪いようです。(→「いなぽんのシリコンバレー、サンフランシスコ訪問記」参照)
4月の主な出来事
・全然買い物をしていなかったので、モールに買い物に出掛けました。最初に行ったのは、ニューポートビーチの中心に位置する「ファッションアイランド」です。高級店ばかりが並んでいて、いかにも金持ちのモールといった雰囲気です。洋服屋が異様に多いのも気になりました。その後、コスタメサにあるサウスコーストプラザに行きました。ここはカリフォルニア州最大のモールだけあって本当に広く、ゆっくり見ていたら1日あっても全然足りないほどです。そして夜になって、今度はオレンジ市にあるブロックというモールに行きました。ここは若者向けの店ばかりで、歩いているのも若者ばかりでしたが、地域柄ヒスパニックが多いためか、ヒスパニック系の人たちが特に多かったです。
・JINAが主催するLA地区の第一回オフ会に参加しました。開催場所がサンタモニカだったので少し遠かったです。道路は意外に混んでいたのですが、日曜の昼ということもあって、1時間は掛かりませんでした。そして開催場所のデジタルハリウッドサンタモニカ校に到着。日本の専門学校の分校だけあって、校舎の中にいるのは日本人の若者ばかりでした。この学校は、グラフィクスなどのデザイン専門のようですが、東京にあるのに日本人の生徒が、わざわざLAまでやってくるのは、どうやら、「本場のハリウッドの雰囲気が味わえる」ことや「英語が学べる」ことなどが関係しているようです。
・デジタルハリウッドの奥にある会議室がオフ会の会場になっていました。JINAはサンフランシスコに拠点を置いている組織だけあって、SFでパーティーをする時には、大勢の参加者でごった返すのですが、LAでの知名度はまだ高くないようで、集まりはあまり良くなかったです。しかしながら、色々な興味深い人たちと知り合うことができ、なかなか楽しかったです。
・リトル東京のホテル、都インの中にある「都スパ」に行きました。マッサージ師が日本語を話してくれるというのが利点ですが、1人だけ入れるジャグジーの浴槽が4つあるだけで、大浴槽がないのは意外でした。でも、マッサージの腕が良かったので、それなりに満足しました。
3月の主な出来事
・私の住んでいるアパートでは、隔週で土曜日朝に、クラブハウスで無料の朝食が出ます。今まで早起きできなかったので全然行ったことがなかったのですが、日本から戻ってきたばかりの時差ぼけで、たまたま早く起きれてしまったので、それに参加しました。早起きなのは老人ばかりなのか、最初から来ていたのは、白人の老人ばかりでした。一瞬躊躇しましたが、その後、若い人たちもやってきたので、少し安心しました。それにしても、一人で住んでいる人間はあまりいないのか、異性もしくは同性の二人連れが多かったです。
・恐れていたイラクとの戦争が始まってしまいました。ブッシュ大統領による”最後通告”と”開戦演説”の両方をテレビで見ましたが、相変わらず、胡散臭い語り口です。大統領は頭が悪いという噂ですが、この原稿は、一体誰が作っているのでしょうか?戦争後のテレビ番組は、無理やり「戦場のヒーローやヒロインを作り出す」ことに血眼になっているかのようです。日本のニュースが見られなかったら、この私ですら米国メディアによって洗脳されてしまいそうな感じです。それにしても、大量破壊兵器の武装解除という当初の目的も、一体どうなってしまったのでしょうか?
・車イスの旅人のKIJIさん(UCバークレー留学中)が遊びに来ました。サンディエゴ、ティファナ、サンタバーバラなどを訪れました。(→「いなぽんの南カリフォルニア小旅行」参照)
・自動車保険の見積もりが、いつもの保険会社から来たのですが、昨年、無事故無違反だったのに、値段が600ドル以上も上がっていたので驚きました。どうやら、シリコンバレーよりもロサンゼルス地区の方が、独身男性の事故率が高いようです。保険のエージェントに「偽装結婚したら保険料が下がる」と言われたのですが、さすがにそこまでして値切るつもりは毛頭ありません。いくつかの保険会社の見積もりを取り寄せた結果、結局、どこの保険料も同じくらいだったので、そのまま前の会社のプランでいくことに決めました。
2月の主な出来事
・こちらに来たばかりでしたから、夜は、近くの日本食レストランを開拓していました。その成果が「オレンジ・カウンティのレストラン」です。それにしても、こちらの日本食レストランは、安くて美味しいです。シリコンバレーと比べると、本当に雲泥の差だと思います。日本と同じ品質の料理が日本と同じ値段で楽しめるというのは本当に凄いと思いました。
・ロサンゼルス周辺を車で走り回ってみたのですが、本当に何もないため、すぐに飽きてしまいました。(同じような街並みや店ばかりだし・・・。)仕方がないので、サンディエゴまで車で走ってみました。時速70マイル程度で突っ走ったところ、たった1時間10分で着いてしまいました。事前にミツワとニジヤマーケット(日系スーパー)の場所をチェックしていたので、早速それらに向かい、どんなものを売っているのか物色してみました。どちらも思った以上に大きく、意外と沢山の日本人が住んでいるような印象を持ちました。
・私の住むアパート主催のパーティーがクラブハウスであるというので、それに参加することにしました。夜の7時に会場に到着すると、まだ早すぎたのか、ほとんど人がいません。しかしアパート側の主催者のおばさんが「昔シリコンバレーのフリモントに住んでいたのよ!」というので、二人で話し込んでいました。しばらくすると、色々と人が入ってきました。ニューポートビーチ市は、基本的に白人の街なので、やってきた連中も8割くらいは白人でした。東洋人の私が珍しいのか自発的に話し掛けてきた人たちも結構いましたが、テキサス州出身のおばさんなんかは、「日本って、天皇を中心とした王朝国家でしょう?民主主義じゃないわよね」とか、トンチンカンなことを言い出したりしたので、大変驚きました。(まあ、これが普通のアメリカ人のレベルなのかもしれませんが・・・。)
・ロサンゼルスの海岸線をドライブしてみました。ニューポートビーチ、ハンチントンビーチ、シールビーチ、ロングビーチ、パロスベルデスといったように、それぞれ異なった景観を持っているので、ただ走っているだけでも、なかなか飽きません。内陸側の街はどこも同じような感じですから、やはりこの辺に住むのなら、海の近くが良いと思いました。ちなみに、フリーウェイを使っていると、グレーター・ロサンゼルスの中を”あっという間”に移動できるのですが、下の道を使うと、想像以上に時間がかかります。(まあ、グレーター・ロサンゼルスは、関東平野に匹敵する大きさがありますから、冷静に考えれば、それも当たり前なのですが・・・。)
・ニューポートビーチ先端のバルボア地区に行きました。バルボア半島から、小さなカーフェリー(3台だけ搭載できる)でバルボア・アイランド(島)に渡れるようになっていて、なかなかお洒落な感じです。デートコースに最適だと思いました。(一緒に出歩く相手がいないのが悲しいところですが・・・。)
1月の主な出来事
・月末、ニューポートビーチの新居にて、引越し業者に荷物の搬入作業をしてもらいました。一応、アンパッキングもサービスに含まれていたのですが、本や食器までやってもらうと、余計に訳がわからなくなりそうだったので、結局、必要最低限のものだけ箱から出してもらいました。また、今回は米系の会社なので仕方がないのですが、やはり、日通のように靴は脱いでくれませんでした。(”怪我しても労災認定されなくなるから、絶対に靴は脱げない!”と騒いでいました。)